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高木しげよし・綾奈ゆにこ「それが世界のフツーになる」感想‐フツーな男子高校生の友情と青春とセカイ系

 

セカイ系」というジャンルが結構好きです。と言っても、「セカイ系」と明確に称されている作品はハルヒイリヤくらいしか読んでないんですけれども。

そもそも「セカイ系」って何なんですかね。Wikipediaでもニコニコ大百科でもはてなキーワードでも全然違う言葉で説明されている。「セカイ系」についての評論や新書もいろいろ出ていると思います。そこでどんな風に「セカイ系」が定義されてるのかもわからない。(読んでないから)

でも、私は「セカイ系」が好きです。好きだというからには自分の中での定義づけはされているはず。じゃあ、私の中での「セカイ系」の定義ってどうなってるんだと言いますと。

「”ボク”や”キミ”の”フツー”の日常世界での意志や行動や選択が、日常生活を飛び越えて全世界に影響を及ぼす」作品群を「セカイ系」だと定義しているのだと思います。

というわけで、そういう私の中の定義をちゃんと満たして、脳内の「セカイ系」本棚に分類されているのが、こちら、月刊コミックゼロサムで連載中の「それが世界のフツーになる」であります。

流星群の降った夜から約2か月間、失踪していた少年・長谷川涙。どこにでもいる普通の少年だった彼は、地球外生命体に誘拐され『世界の平均』に選ばれてい た。涙が強い思いを持つことで、世界は影響を受け、平均値が変わってしまう。涙が牛乳をたくさん飲むようになると世界の牛乳消費量があがったり、「死にたい」と思うと自殺率が上がってしまう――。そんな涙をコントロールするために、政府は監視員として入間真都を派遣する。入間は涙を「平均」でいさせられる のか――!!
気鋭の脚本家・綾奈ゆにこと、美麗絵師・高木しげよしが描くスクールファンタジー開幕! (雑誌公式サイトの作品紹介より)

 最近では「きんいろモザイク」のシリーズ構成などをやられているアニメ脚本家の綾奈ゆにこ先生が原作で、作画が今まで主にLaLaDXで活躍されていた高木しげよし先生というユニット作品です。他社で活動されていた作家さんを作画で持ってくるのはゼロサムとしては珍しいパターンのような気がする。高木先生はしばらく漫画家活動をお休みされていたそうで、久々の連載作品のようですね。

それはともかく、上記のあらすじからしてもう「セカイ系」の香りがプンプンだと思いませんでしょうか!「セカイ系」です!私の定義だと!

 

涙は勉強が苦手で、テレビが大好き、そしてちょっと感激屋ないわゆるフツーの男子高校生ですが、とある流星群の夜に地球外生命体に誘拐され、「世界の平均」となってしまいます。

具体的に言うと、彼が感動したり、怒ったり、何らかの要因で感情の振れ幅が一定値を超えたとき、その要因が世界の「フツ―」に固定されてしまう。その影響を受けるのは、宇宙空間から地球全体に降り注ぐ「光砂」を一定量吸い込んでいる人たちです。

彼が身長を伸ばそうと牛乳を飲み始め、実際身長の伸びを確認して「牛乳すげー!もっと飲もう!」となれば、世界の人たちがその好き嫌いやアレルギーに関わらず「牛乳もっと飲もう!」となって牛乳の消費量が上昇する。彼が安売りされていた「泣ける本」を読んで、いたく感動して「泣けるいい本だったなあ」と思えば、世界の人たちがその本を評価してベストセラーになる。友達からのメールの返信が途絶えて、「もう寝るからな!」と腹を立てながらふて寝すれば、世界の人たちが深い眠りについてしまう。

でも涙本人は自分が「世界の平均」になってしまった事実を知らないわけで、マイペースにいつも通り過ごしては、どんどん「フツ―」が塗り替えられてしまう。

それをどうにかコントロールしようと、同じクラスに監視員として派遣されたのが真都です。真都はクソ真面目で堅物、機械がちょっと苦手で、日本の内閣総理大臣の息子という、ちょっと「フツ―じゃない」男子高校生。

涙の行動を監視しながら、世界に不都合な変動を極力抑え、好都合な変動を起こそうとする国連や政府からの指令を遂行するため、真都は涙と友達になろうとするわけです。

 

ベースになるのは涙と真都の友情で、男子高校生のフツーな日常生活、青春がメイン。フツーな涙とフツーじゃない真都では、友達関係を築くにも一苦労で、そこから先も真都が涙をコントロールしきれず、いろんな「フツ―」が変わってしまい、それをどうにか修正しようと真都が試行錯誤するパターンが多いです。その方法も、真都が涙と仲直りをしたり、涙の片思いを取り持ったり、全体的に青春!なつくり。

その最たるもので、一巻でものすごく良かったエピソードが三話「恋愛マネージメント」と四話「続・恋愛マネージメント」です。

通学路のバス停で、毎日、ベンチに座らず立っている他校の女の子・夕海が気になる涙。

青少年の正しい男女交際や恋愛が世界のフツーになればベストだという国連の決定を受けて、真都は涙と彼女の間を取り持つことになります。

どうにかこうにか接点を作り、涙と真都と夕海の三人で放課後遊びに行くところまでこぎつけるのですが、そのときの「遠崎夕海がほかの誰よりも一番かわいい」という涙の気持ちで、「夕海に恋をすること」が世界のフツーになってしまう。

夕海はすぐさまスカウトされ、AKB48的なアイドルグループのセンターに抜擢されます。日本どころか全世界の注目を集め、トップアイドルになる夕海。

男子高校生の他校のちょっと気になる女子との物語が、一気に、世界の誰もが恋に落ちるトップアイドルとの物語に変わってしまう。

当初はアイドルとしての彼女を応援しようとする涙ですが、モヤモヤが渦巻く。

最初に彼女を見つけたのは自分なのに。グラビアなんてやってほしくなかったな。アイドルになる前に、相談も何もなかったな。彼女にとって自分って、その程度の存在だったんだな。

誰かに席を譲るための「どうぞ」が言えない引っ込み思案な少女だった夕海は、アイドルになって明るく、話しやすくなって、「変わってしまったな」と涙は思う。

けれど、招待されたドームコンサートで、涙はステージの上から夕海を見つけられない。

「俺、沢山人がいても絶対見つける自信があったのに

でも見つけられなかった

それってさ、もう……好きじゃないってことなんだよな」

「好きでもない 嫌いでもない ふつー」

「ふつーになっちゃった」

 涙がそれに気づいたことで、新たな世界のフツーが固定され、夕海は普通の少女に戻ってしまう。アイドルグループには新たなセンターが決まり、夕海のファンは誰もいなくなってしまう。

 

涙は自分が世界の平均だということを知りません。自分の知らないところで世界が変わって、そのことで世界や真都が振り回されるのが基本の物語です。

そういう物語で今のところ唯一、涙が振り回されるのがこのエピソードです。

涙は「世界の平均」であることを除けば、とてもフツーで、漠然とした自殺願望や、将来への不安、「自分だけにできることがしたい」けれどそれが見つけられないし、本当にできるかもわからないという無力感がどこかでぐるぐるしている男子高校生だと思います。そういう涙だからこそ、Xは彼を「世界の平均」に選んだのでしょう。

それでもこのエピソードの涙は無力ではない。

自分だけの特別な女の子だった夕海が、世界中みんなの女の子になってしまって、涙の中での価値を失ってしまう。それと同時に世界の中での夕海も価値を失ってしまい、世界は彼女をひやかして、涙の目にもそれが入ってくる。

「好きじゃないけど、どうでもよくはないから」、涙は夕海に会いに行きます。そして彼女にきちんと思いを伝えられる。

「今度はちゃんと見つける! ゆうみさんがどこにいても俺見つけるから!!」

 その言葉で夕海は救われます。

「この中に私のファンはいない けど」

「応援してくれる人がいるから 私まだ辞めません!」

 そう宣言する夕海に、彼女を冷かしていた周りのファンの心も動いて、ゆーみんコールが戻ってくる。

それでまた世界が変わります。

けれど、これは光砂の影響ではなく、涙自身の力です。

「自分の力で世界を変える」物語萌えな私としては、この二話がとてもアツかった。

世界を振り回す涙が、初めて世界に振り回され、自分のものではない力で世界を変えつづけた涙が、自分だけの力で世界を変える。しかも、多分そのための行動や言葉は涙にとっては特別なものではなかったはずです。全て等身大の彼ができることだったはず。激アツです。

 

そして私が「セカイ系」を好きなのはこういう部分なのだと思います。

涙が「世界の平均」として世界を変えていくのに、本人の意思は介在していない。もっと大きな、太刀打ちできない力で世界は変わって行ってしまう。

そういう風に変わっていく世界に対して、自分たち自身の力で立ち向かっていくという図式が「セカイ系」にはあると思うのです。

自分以外の大きな力で自分の望まない方向に変わって行ってしまう世界を、自分の力でコントロールして行こうという戦いです。

自分の手の届く小さな世界を、決して強くはない自分の力で少しでも変えようとする。そうして小さな世界を変えられれば、大きな世界も変わるかもしれない。変えられないかもしれない。けれど、望みがあるなら、手の届くところから変えていこう。

そういう風に動く人間にとても萌えます。勝てても勝てなくてもいい。

二話に跨る「恋愛マネージメント」では、涙は大きな世界に一度勝利しました。大きな力で夕海はアイドルになり、注目を浴び、そして捨てられる。

けれど、涙は自分の等身大の言葉で、自分と夕海とのミクロな世界を変えられた。それに大きな世界が動いて、夕海は再びアイドルとして立ち上がる。

こういう図式が私の中ではとても「セカイ系」だなあと思うし、アツいのです。

 

セカイ系」と言われて出て来る作品は男性向けのものが多いように思います。

私も女性向け作品で「セカイ系」だなあと思うのは、今のところねむようこ先生の「とりあえず地球が滅びる前に」とこの「それが世界のフツーになる」くらいです。

けれど「セカイ系」という言葉は今はとても一般的ですし、私がこれだけ萌えるのだから「女性向けでセカイ系ものはないのかよー」と思ってる人もまあ結構いると思います。その中でも「できればボーイミーツボーイが良い」って思ってる方は、とりあえずこの「それが世界のフツーになる」を手に取っていただければ良いかな、と私個人としては思います。

 

というわけで毎度煩雑ですが「それが世界のフツーになる」の感想と紹介でした。

 

原作者の綾奈先生のサイトで、一話の半分までが試し読みできるのでぜひどうぞ。スマホでもOKらしいです。便利!

http://unicococ.sakura.ne.jp/futsu/