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ぐるぐる読書備忘録

腐った女子の漫画(女性向け中心に何でも)・小説(ミステリ中心)感想ブログ。

「名探偵」と「夢主」は似ているし「お前面白いな」問題は夢小説における「後期クイーン問題」だという話

雑記

テストやら何やらもろもろでボンヤリしていたらもう九月も下旬だ。ちょこちょこイベントに行ってはレポを書こうとしているのだけれど、公開できるレベルに達する前に頓挫してしまって、なかなか更新ができない。

最近では8月の終わりに梅田のMARUZENジュンク堂で行われた綾辻行人先生と麻耶雄嵩先生のトークショー&サイン会に行ったりして、大変に幸せな思いをした。これのレポートはツイッターでいろいろ書いたので詳細はここでは書かないけれど、今思い返してみても夢のような時間だったと思う。麻耶先生は私の中では一種の神みたいなものなので、特に。

もしも麻耶作品に出会っていなかったら、今ほど本格ミステリを読んでいなかっただろうという確信がある。周知のことだろうけれど、麻耶雄嵩というのは本格ミステリ作家でもちょっと異色の作家で、とにかく衝撃的な作品が多い。私は麻耶作品で「本格ミステリ」へのイメージをぶち壊されて、本格ミステリという沼にハマることになった。

彼の作品の魅力や特徴はいろいろ挙げられるのだけれど、際立っているものの一つが「名探偵」へのこだわりだと思う。麻耶作品の中の「名探偵」は一般的にイメージされる「名探偵」とは一線を画していることが多い。多分。麻耶作品の「名探偵」は、なんというか、こう、人間というよりは圧倒的に神に近い。近いどころか、正真正銘の「神様」が探偵だったりする。そうでなくとも多くの場合人間性みたいなものは削ぎ落とされているし、明らかに特殊な、人間よりは一つ上のステージの存在のように感じられる。

「名探偵」が人間離れしているのは麻耶作品に限らず、他のミステリ作品でも(特に所謂「本格ミステリ」においては)大なり小なりそういう部分があるだろう。ミステリ作品における「名探偵」というのは特殊な役割を持っているのだ。だから他のキャラクターと全く同じではいけない。(本格)ミステリとはそういう世界なんだと思う。その中でも、麻耶作品の「名探偵」は、とても意識的に普通の人間と区別されている、というか、「名探偵」という役割について特化した存在として書かれているんじゃないだろうか、と思うわけである。

その具体的な話については実際麻耶作品を読むなりその手のレビューを読むなりしていただければと思う。今回話したいのはそこではなくて、「名探偵」には特殊な役割性がある、という点だ。

ミステリ作品、中でも特に「本格」と呼ばれるものにおける「名探偵(探偵役)」は、作中で特殊な役割を背負っている。大事なことなので何回でも言う。

私たち読者や、作中の多くの登場人物たちにはとても処理できないような、複雑な問題や謎に、推理という論理的手段で解答や解決をもたらし、生じた混乱や不安を取り除き、失われた秩序を取り戻し、物語に幕を引く。これがミステリ作品の「名探偵」の役割である。さらにいえば、この役割が果たされてこそ、ミステリ作品はミステリ作品として成り立つといえる。(もちろん例外はある。念のため)

「名探偵」がそういう役割性や特殊性を持っているという認識は、恐らく、ミステリ読みの間ではある程度共有されていることだと思う。そして、こんな風にきちんと役割性や特殊性を認知されているキャラクターというのは、かなり珍しいのではないだろうか。実際はそういった特殊な役割を担わされているのに、それを認知されていないキャラクターが創作の世界にはたくさんいるのでは?

……と、ここまでは前置きだ。とても長くなってしまった。

8月、件のサイン会の約一週間前に、ツイッターで仲良くさせて頂いている人たちとのオフ会に参加して、そこでちょっとした私感をプレゼンさせてもらった。

題目は「『名探偵』と『夢主』の類似性」

「名探偵」のように物語上で特殊な役割を持っているのに、それを認知されていないキャラクターの一つとして「夢主」が挙げられるんじゃないか? 「夢主」って実は「名探偵」と同等の立ち位置キャラクターなんじゃないのか? という提議が主な内容だった。

そのプレゼンの内容をもう少し丁寧に書き起こそうとしたら、なんか夢小説について懇切丁寧に考察していく形になってしまったのがこの記事である。

読書感想とかミステリの話じゃないどころか、突然二次創作の話でごめんね!!

そもそも「夢主」「夢小説」とは

こんな辺境とはいえはてなブログはてなブログというところなので、一応「夢主」について説明するところから始めるところが筋かなと思う。

ものすごくざっくり言うと、「夢主」というのは「夢小説(ドリーム小説ドリー夢小説)、もしくは夢絵・夢漫画の主人公」である。

じゃあ「夢小説」ってなんなんだ、ということになる。「夢小説」についてはWikipediaの「ドリーム小説」の項目はそれなりに仔細なので、とりあえず冒頭を引用する。

ドリーム小説(ドリームしょうせつ)とは、主にウェブ上で公開されている、特定の登場人物の名前を読者が自由に設定して読むことの出来る小説である。読者が閲覧前にクッキーやJavascriptなどで名前を登録しておくことにより、小説内の特定の人物の名前が登録した名前に変換されて表示される。 

ドリーム小説 - Wikipedia

これが一番一般的な定義だと思われる。

で、「夢主」はそういった作品群の主人公格であるとしたい……のだが、これだと多少不十分だと思うので、より正確に言いなしたい。「夢主」というのは「夢小説において名前を変換できることの多い登場人物」であり、二次創作の場合では殆どの場合、原作には存在しないオリジナルキャラクターが該当する。

夢小説について、なんとなしの知識がある方は「キャラと女性読者(読み手・自分)が恋愛をする小説でしょ?」「夢主って要するに読み手(私)のことで、自己投影のための依り代でしょ?」と思われていることだろう。

これは別に間違っていない。もともと夢小説は「キャラと恋愛がしたい」という女性の欲求を叶えるために成立したものだと言われているし、私もそれが夢小説というジャンルの根幹にあって揺るがないと思う。だからといって、それが今言われる「夢小説」の全てなわけではない。成立から少なくとも10年が経過し、「夢小説」というジャンルはそれなりの発展を見せ肥大化の一途にある。……と言っても、夢小説が成立したと言われるのは2000年。私が夢小説を知ったのは2004年頃なので、最初期の情勢をきちんと知っているわけではない。「発展」についてはとりあえず04年頃からの私感になる。*1

まず、作品の主題に関しては、恐らく原点であった「キャラと夢主の恋愛」から、「キャラと夢主の友情」「キャラと夢主の家族・兄弟愛」など、取り上げられる関係性が増えていったと思われる。また、キャラと夢主の関係性と並行、もしくは独立して「夢主が原作ストーリーに何らかの影響を及ぼす」ことをテーマにしたものも増えている。一番わかりやすいのが、俗に「救済夢」と呼ばれるような、「原作ストーリーで悲劇的展開・結末を迎えるキャラを、夢主の存在・行動によってその悲劇から回避させる(救済する)」ものである。さらに発展というか派生した形として、キャラと夢主の関係性すら主題ではなくなり、「とにかくこの原作世界観で生きるオリジナルキャラクター(夢主)を書きたい」「単にキャラを描写するための第三者視点に夢主使うわ」「キャラ同士カップリングを夢主に観察させます」なんて夢小説も存在している。*2

と、ここまで言うと、「夢主」が「キャラと私(読み手)の恋愛を夢想するための自己投影(感情移入)用の依り代」以外の役割を持ち始めていることが伺えるのではないかと思う。

実際、夢小説好きの世界ではもうずいぶん前から「夢主=自分(読み手)」派だとか「夢主=オリキャラ」派だとかいう派閥ができているし、夢小説専門サイトには書き手による「私の作品は自己投影しづらいかもしれません」という注意書きがあったりする。読み手側でも「私は夢小説を原作キャラと夢主というオリキャラのカップリング小説だと思って読んでます(自己投影はしていません)」という主張をする人は多い。もっと言うなら、近年は「成り代わり」と呼ばれる原作キャラの立場を夢主にすり替えたような夢小説も存在するなど、「夢小説」と同様、「夢主」という言葉の指す対象も肥大化しているのである。

そのため、「夢小説」とは?「夢主」とは?という問いにシンプルな「キャラとの疑似恋愛小説」だとか「自己投影の対象」だとかいう解答をするのは、間違いではないが適切ではない。到底一口で言い表せないほどに、「夢小説」「夢主」という言葉が指す内容は肥大化している。

それでも「夢小説」というジャンルが、一応のところ分裂や崩壊をすることなくまとまり続けているのは、「その夢、叶えてしんぜよう」という一つのコンセプトが「夢小説」の根幹に未だ深く根付いているからではないかと思う。

「夢主」も「名探偵」も我々の願望を遂行するためのキャラクターだ

「その夢、叶えてしんぜよう」というのはかつては多くの夢小説サイトで掲げられていたコンセプト文だ。*3この世の中のほとんどの「夢小説」はこのコンセプトのもと書かれていたといえるだろう。

「キャラの○○になりたい」「キャラを幸せにしたい」「原作にはいないような人物と一緒にいるキャラを見たい」「完全な第三者にカップリングを傍観させたい」……方向性は違えど、すべては確かに読み手や書き手の夢(願望)である。それも、二次創作元となる原作のキャラクターたちだけでは遂行できないようなものばかりだ。*4それでもそれを遂行させるため、「夢を叶える」ために、作られるオリジナルキャラクターが「夢主」なのではないかと考えている。

だから「夢主」の姿や立場は実に様々で、本来原作では有り得ないような立場に立てたりもする。キャラの双子の兄弟だったり、母親だったり、特殊な能力を持っていたり、トリップという形で異世界を行き来したり、物語の未来を知っていたり……。多くの「夢主」はそういう「特権」を持っていると思う。全ては読み手や書き手が「夢を叶える」ためにそういう存在を必要としているからだ。「夢主」がそういうものでないと成り立たないからだ。「名前変換」という機能もそういう「特権」の一つといえると思う。そしてその特権を掲げて、「夢主」は書き手や読み手の「夢を叶え」ていく。

そういうものとして「夢主」を捉えると、彼女たちは「夢小説」における、読み手や書き手の願望を遂行するという役割を背負った特権階級といえるだろう。この構図が「名探偵」に似ていると思うのだ。

冒頭で述べたように、「名探偵」というのは本格ミステリにおいて「謎を解く」という重大な役割を背負ったキャラクターである。ずば抜けた推理力や、事件遭遇の数、捜査への介入権はその役割を全うするために必要不可欠な「特権」と言う他ない。そして「謎を解く」という役割は、書き手や読者からの要求の元発生しているのだ。「謎」があったなら読者は解答を望むし、作者もどうにかして読者に解答を提示したいと思うだろう。そういった要求のもと、解答を明かし、提供するための装置として「名探偵」は存在するのだ。

「名探偵」も「夢主」も作者や読み手の要求・願望を遂行するという役割を持った特権階級であり、類似した存在だ。そういう風に私は主張したい!

「名探偵」「夢主」それぞれの役割と特権

ということで、一旦ここで両者の役割性と特権についてまとめておきたい。

まず「名探偵」についてだが、彼らの役割性や特権については多くのミステリファンは何らかの形で意識していることが多いだろうし、十二分に語り尽くされていると思う。個人的にはニコニコ大百科の「名探偵」の項目がよくまとまっていてわかりやすいかなと感じたので、そこからいくらか引用したい。→名探偵とは (メイタンテイとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

名探偵とは、いわゆる推理ものの作品において、推理によって真相を言い当てる存在のこと。

 単に「探偵」といえば職業としての探偵のことだが、「名探偵」は優れた職業探偵という意味合いよりも、物語上の役割、もしくは称号的な意味合いが強い。(中略)何らかの理由(主に名探偵に協力的な警察官の存在)によって、捜査に介入することが許されていたり、あるいは連絡の断絶した孤島などを舞台にしているため、公権力の介入が存在しないことが多い。これは特に昨今のミステリに顕著である――なぜなら、いち市民が警察に捜査を許されるなど、通常では考えづらいからだ。

 「名探偵」の推理は作品内において基本的には真実と同義である(よって名探偵を「神のごとき」と呼ぶこともある)。

 大体この辺りから、「名探偵」の持つ役割性とそれに付随する特権がどういったものかが伺えると思う。「名探偵」は推理力、捜査への介入権、高い事件への遭遇率、さらにはその推理が「真実」であるという保証さえも特権として持っているのだ。

一方で「夢主」に関しては私が個人的に例を挙げたいと思う。

役割については先述したとおり「書き手・読み手の夢(願望)を叶えること」だ。その「願望」の内容が多岐にわたるため、全てに適用できるためには大きな柔軟性・流動性が求められる。その柔軟性・流動性こそが「夢主」の持つ特権だと思う。

最もわかりやすいのが「名前変換」だ。読み手は「夢主」の名前を任意のものに変換することができるし、変換しないという選択もできる。これによって「夢主」を「わたし」として楽しみたい人から、独立したオリジナルキャラクターとして楽しみたい人まで様々なニーズに答えられるようになる。

その他の特権は、書き手の「願望」の内容によって千差万別だ。キャラの恋人や家族など、原作に存在しない・描かれていない新たな立場に立っている。現実世界から特定の作品世界に移動している。強大な力を持っている。その作品の主題(=書き手の「願望」)によって「夢主」は様々な設定を持っている。程度の差はあれど、どれもこれも本来の原作キャラクターと夢主の一線を画す特権だと言えるだろう。「キャラと恋人関係になりたい・キャラと恋人の物語が書きたい」という願望のもと書かれた「夢小説」なら、「夢主」は「キャラの恋人」という設定を持って現れる。そこまでの過程や前後関係は無視できる。また、原作で「このキャラは一人っ子だ」と明示されていても、「このキャラの妹になりたい・妹を作りたい」という願望のもと書かれた「夢小説」ならば、「夢主」はキャラの妹という設定を持つ。「夢を叶える」ためならば「夢主」は原作の設定も無視できるのだ。*5過程や設定を無視できるというのも「夢主」がもつ大きな特権だと思う。

と、くどくど書いても読まれないかもしれないと、以上をくそダサい画像にしたので添付しておく。図にするとなんとなくわかりやすくなったように思い込むことができる。

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「お前面白いな」問題は夢小説における「後期クイーン問題」だ

物語の中に一人だけ「特権」を持ったキャラクターが存在すると、当然他のキャラクターたちとのパワーバランスが悪くなる。不平等さが際立ってくると、その特権に対して懐疑的になる読者が増えてくるのは当然だろう。

「名探偵」におけるそれが「後期クイーン問題」だったと私は認識している。

といっても、私はミステリ評論に関しては寡聞で、なんとなく文庫の解説で語られていることをかじったくらいの知識しかない。だから誤解もあるかもしれないと最初に言っておく。これから言うことも大体Wikipediaとかの記述に基づいたものだ。→後期クイーン的問題 - Wikipedia

後期クイーン問題」は本格ミステリにおけるある問題のこと、のはず。Wikipediaにでは、「作中で探偵が最終的に提示した解決が、本当に真の解決かどうか作中では証明できないこと」「作中で探偵が神であるかの様に振るまい、登場人物の運命を決定することについての是非」の二つがその問題だとして挙げられている。後者は出典を出してこいとなってるので除外されるのかもしれない。わからない。しかし「後期クイーン問題」と聞くと、大体前者を中心にしてこの二つあたりが問題なのかなあというイメージが私にはある。

よくわからない後者のことはともかく、前者の問題に関してはニコニコ大百科の「名探偵」の項がわかりやすいので引用する。

探偵がいくつかの証言や証拠を集め、それをもとに犯人を推理するとき、それらの物証が実は真犯人の悪意や第三者、偶然などによりねじ曲げられた結果にできたものではない、と言いきることは誰にもできない。「読者への挑戦状」や注釈などの形で、それらは絶対の真実であると神の視点(作者)が読者へ教えることはできるが、少なくとも作中の探偵の視点からでは判断することは不可能である。また推理の過程でも、とんでもない偶然のような常識的にありえないこと、一見関係ない事件や物事は探偵はどうしても切り捨てて考えなければならない。

こうした不確実性を全て取り除くのは不可能と言えるほど困難で、極論をすると「探偵が事件を知った時点で、客観的で完全な推理のもと犯人を推理することは不可能」とも言える。

突き詰めて考えるとこういうことになるのに、それでも「名探偵」は作中で推理をするし、その推理は「真実」だとして扱われる。その矛盾を指摘したのが「後期クイーン問題」だ。前項で述べたとおり、私は「名探偵」の推理が真実と同義とされるということは、彼らの持つ特権だと解釈している。だから、この「後期クイーン問題」はその特権への指摘だという解釈になるわけだ。出典が曖昧な後者の問題なんかはもうモロに「名探偵」の特権への問題提起だと思う。

ミステリ好きは議論好きであるから、「後期クイーン問題」については提議されてから現在に至るまで、延々と議論され続けているようである。(「そんなことツッコむのは野暮だし考えたって無駄だろ」論者もたくさんいるだろうけど)一方で夢小説好きはあまり議論を好まない傾向にある(と思う)。しかし、最近よく「夢小説」の問題というかツッコミどころとして挙げられているものはある。

それが「夢主、キャラに『お前は面白い女だ』って言われて惚れられすぎ」問題、略して「お前面白いな」問題である。私が勝手に名づけた!!

ツイッターでたまに盛り上がる「夢小説あるある」ハッシュタグなどを見てもらえば、この「お前面白いな」がいかにたくさん突っ込まれているかがよくわかると思う。類似の問題として「最強夢主多すぎ」問題、「零番隊隊長(真選組唯一の女隊士・雪の守護者・その他色々)夢主多すぎ」問題などが挙げられるが、この「お前面白いな」問題が一番説明しやすいし、一番よく槍玉に挙げられているのでひっくるめて「お前面白いな」問題と呼びたい。

どういう問題かというと本当にそのまんまで、「夢小説」の王道パターンに「夢主」がキャラに「お前みたいな面白い女は初めてだ」って惚れられるというものがあるけれど、その理由はちょっとどうなんよっていうツッコミだ。このパターンは俺様系のキャラの夢小説でよく見られる。*6

こういうことにツッコミを入れる夢小説愛好者は「恋愛感情にはもっと説得力のあるきっかけや理由がほしい」という感じに、これを物語上の不備だと捉えている向きがあるようだが、私からすればそれを突っ込むのは大変に野暮なことだなあと思うわけである。というのは「キャラと恋愛をしたい」という願望を叶える上で「恋愛感情のきっかけや理由」を重要視するかどうかは人それぞれだろうからだ。ただ「キャラに好かれている」状態を求めるなら、そのきっかけや理由の内容はどうでもいいという人は多いと思う。それでも一応きっかけを提示しておいたほうが話の流れ的には書きやすい。ということで、そういう人たちの夢を叶えるべく「夢主」が獲得した特権が「お前面白いな」なのだ。前項で挙げた「過程の無視」に含まれていると思う。

「夢小説」や「夢主」というのは、書き手・読み手の「夢(願望)を叶える」というコンセプトに特化した存在だ。だから書き手が不要だと思ったり、読み手が気にしないような(気にすると面倒くさくなりそうな)ことはひたすらに削ぎ落とされる傾向にある。それでも話が進むというのが「夢主」の特権だ。「お前面白いな」はそのひとつなのだ。その世界ではそれが理由でいいのだ。だって本題じゃないから。でもやっぱり「お前面白いな」が恋のきっかけになることは不自然じゃないか?と思う人が出てくる。そしてそこを問題視してツッコミを入れる。

この構図が「後期クイーン問題」に似ていると思うのは私だけだろうか。いや、私だけじゃないはずだ。「後期クイーン問題」も「お前面白いな」問題も、「名探偵」「夢主」というキャラの持つ役割や特権のもと、作中で当たり前とされていることへの違和感や矛盾への気付きであり、ツッコミなのだ。だから私は「お前面白いな」問題は夢小説における「後期クイーン問題」だと言っていいと思うのである

「特権」の不自然さと矛盾をどう解決していくか

「お前面白いな」問題が「ツッコミ」「あるある」という形で表面化したことで、この問題を解消していくするためにはどうすればいいか?と考える書き手がぐっと増えたように感じられる。(もちろん「そんなこと考えたって無駄」という人も多い)

私の観測範囲では「キャラが夢主に惚れるための、より説得力のある経緯、きっかけ、理由を探そう」という、物語の説得力、いわばクオリティーを高めるという方向のアプローチが大変に多い。このアプローチの仕方からも、「お前面白いな」問題が物語上の不備だと捉えられていることが伺えるだろう。「夢主」の特権についての問題だという風に考えている人は少ないと思う。

「夢主」は特権を持っていて、「お前面白いな」問題はそれに対する疑問だという捉え方をすれば、もっと他のアプローチができるのではないだろうか。

後期クイーン問題」はそういう方向のアプローチが多かったんじゃないかと思うのだ。メタレベルから作品に介入したり、探偵に超能力を与え、それによって確実な証拠を手に入れさせたり、物理的法則に縛りを持たせたり、まさしく「神」を探偵役にしたり……。

どれもこれも「後期クイーン問題」を根本から解消したとは言いづらいだろう。これらのアプローチでは「名探偵」に新たな特権が加えられる一方だし、どんなに突き詰めてもやはり「本当にそれが真実だと言い切れるか?」という問題はぶつけられ続ける。きっと完全な解消なんてできない。不毛な戦いだ。けれどこの不毛な戦いで、「名探偵」の役割性や特権が意識され、新たな「名探偵」を生み出し、新たな「謎」を生み出し、ミステリというジャンルを発展させたのは確かだと思う。

後期クイーン問題」はミステリという創作ジャンルを発展させるエンジンだった。

私は「お前面白いな」問題を「夢小説」における「後期クイーン問題」だと考えているから、これも「夢小説」ジャンルを発展させるエンジンになりうるのではないかと思っている。そのためにまず、「夢主」の特権について気付き、意識していくことが必要なのではないだろうか。

終わりに

と、ここまでが件のプレゼンの大体の内容になる。途中結構脱線したので長くなってしまった。

内輪だけの話でも良かったのだけれど、ツイッターでちょろっと言ったら詳しく聞きたいという旨のリプライをちょこちょこ貰ったし、「夢主」の役割性や特権について気づいてない人たちの一種の「気づき」になればいいかな~と思ってこういう形で記事にさせてもらった。

全部私の頭のなかでこねくり回したことで、ただの私感だから、「そんなことねーよ!!」と思われた方もたくさんいると思う。不快感を覚えた方もいるかもしれない。申し訳ない。別に何かを強制したり「絶対絶対こうなんだからね!」みたいなことが言いたいわけでもないので、そういう風に「ちげーよ」と思った方は心の健康のためにもこの記事のことはきれいさっぱり忘れていただければ賢明かと思う。

こんなこと考えても無駄だという人たちは多いのも重々承知だ。けれど、こういう風に物語の外側からいろいろ構造について考えていくことも創作の幅を広げる方法の一つだと私は思っている。エンジンがかかるっていうやつだ。

私は「夢小説」というジャンルを愛して楽しんでいるし、もっといろんな可能性があるとも思っている。だからみんなでいろんなことを考えて、議論して、どんどんエンジンをかけていきたい。

そういうことの一つのきっかけにこの記事がなったりすればいいなーと思うのは傲慢だと思うので、今回はこのへんで失礼します。

次からは多分また普通に漫画感想記事をアップします٩( 'ω' )و

*1:夢小説の詳細な歴史についてはゆめこうさつぶ!〜総集編〜さまの「夢小説起源論」項目を参照いただきたい。私が知る限りで一番詳細な記述です。

*2:個人的にはこれらすべてを「夢小説」と称するのはいささか乱暴な気がするのだけれど、現状はすべて「夢小説」とされうるし、「これは夢だけどあれは夢ではない」というような話をしたいわけでもないので割愛する

*3:出典ははっきりしないし表記ゆれも多い

*4:と、少なくとも夢小説愛好家は思っているはずである。

*5:少し言い方が悪い。ごめん。

*6:テニプリで言うなら跡部様だし、戦国BASARAで言うなら伊達だ。俺様キャラ以外でもしばしば見られる